【社長BLOG】証券業界におけるブロックチェーン技術の適用と課題(1)

GEMSEE

 私がSBI証券に在籍していたころ、IBM様と協力してHyperledger Fabricを利用したブロックチェーン技術を用いた分散型証券プラットフォームの検証を実施いたしました。

 

 昨今、証券コンソーシアムでの実用化検討や証券トークン(STO)の動きが活発になっています。当時の検証結果を振り返ることで何らかの気付きを得られるのではないかと考え、証券分野におけるブロックチェーン技術の適用について改めて整理したいと思います。

 

※本ブログ投稿内容は、筆者個人の見解であり、株式会社SBI証券及び筆者が所属する組織の公式見解を示すものではありません。以下の斜体文章は2016年当時の整理内容です。

 

実証実験結果サマリーの抜粋

 2016年8月~12月まで、債券を対象としたブロックチェーン技術の証券取引への適用可能性を検証する実証実験を実施した。結論として、短期(1年程度)での本番業務への適用は、技術の成熟度合い・費用対効果の観点から実現が難しいと評価した。

 

 実現性の高いシナリオとしては、中期(2~3年程度)をターゲットにコンソーシアム型で各社共通業務をユースケースに既存業務オペレーションの見直しを含めた形で本番導入を目指すのが望ましいと考えられる。短中期的な実用化を検討する場合は、業務ツールとしての活用を念頭に、証券会社コンソーシアムでの導入を推進することが望ましい。最初は既存業務プロセスの大幅な変更が伴わない業務に適用し、徐々に業務プロセス自体をシステムに合わせ効率化・自動化を目指す形で導入検討することが、業務の安全性・期待効果の観点から好ましいと思われる。

 

 ブロックチェーン技術の本番適用には、短期的には技術的な課題が大きい。分散台帳技術は発展途上の未成熟な技術であり、ポテンシャルは高く評価されているが、金融機関の業務要求水準を満たそうとした場合、課題が残る。ただし、中長期的には実証実験のフィードバックやOSSの発展により、技術的な課題は解消される方向と思われる。

 

 現状、分散台帳サービスの商用利用については実績がほとんどなく未知数であるので、短期的な本番導入を進める場合は、業務影響が少ない非中核業務において代替手段を残しながら導入し、問題が発生した場合は速やかに代替オペレーションに切り替える前提で計画する必要がある。中期的には業務オペレーションの統一・標準仕様の策定、長期的にはリーガル・ガバナンスが課題となると考える。

 

 ブロックチェーン技術を業務ツールとして利用する範囲においては、法的な課題は存在しない。ただし、既存の組織が担っていた機能を代替させるような活用方法を検討する場合、「会社法・金商法・振替法・租税特別措置法」などの法律が課題となる。

 

 ブロックチェーン技術は、これまでの第三者の関与を前提とした仕組みを根本から変革し、当事者間による合意によって、従来第三者を必要としてきた各種業務を当事者完結させる可能性を秘めているが、現行の法デザインがそのような技術を前提とした設計となっていないため、技術の特性を活かしたユースケースの実現には法改正が必要と考えられる。技術の特性上、一定規模の参加者が集まって初めて期待した効果が実現できるケースが多く、成果を求めるのであればコンソーシアムによる協業が必須となるだろう。

 

 考察から2年半が経過したところで振り返ってみると、当てはまっている部分と外れている部分がよくわかります。

 

 実用化に関しては、コンソーシアム形式のアプローチという部分で合致していますが、中期(2~3年程度)という予測は短すぎました。技術的な課題については随分改善されましたが、実用化を念頭に置くとまだまだ改善が必要と思われます。

 

 我々金融機関にとっては、ブロックチェーン技術を業務に取り込むことは手段であり、目的ではありません。よって、ブロックチェーンソリューションと既存手法の比較は必須です。費用・安全性・性能など、様々な観点からの評価が必要となります。

 

 法律に関しては、ICO・STO・デリバティブ関連で金商法に改正が入る見込みですが、当時想定していた分散モデルによる運営を前提とした際の、企業統治モデルに対する問題提起に起因する改正はなさそうです。

 

 総括すると、実用化に向け着実に前進していますが、そのスピードは想定していたほどではないと思います。また、当時からの新しいトピックとしては証券トークン(STO)が挙げられるかと思います。

 

実証実験の狙い・期待効果

 本実証実験では、ブロックチェーン技術を応用することで、「業務の効率化・自動化」、「システムコストの削減」、「既存組織の技術的代替」についてどの程度の効果が期待できるか、実現に向けた課題は何かを検証した。

 

 ブロックチェーン技術の金融取引への応用は、短期と長期の軸で整理できる。前者は一般に持続的イノベーションと呼ばれる漸進的な取り組みであり、現行の業務プロセス・組織を前提とした技術の活用である。後者はしばしば破壊的イノベーションと呼ばれる抜本的なプロセスの見直しを伴う技術応用であり、大きな効果が期待できる半面、本番適用時には法規制を含めた環境整備が必要なケースも考えられる。

 

 実証実験では上記観点を含みつつ、短期的には共有ツール・インフラとして活用することで事業者間での確認プロセスの自動化・効率化、オペレーションの見直し、システムコストの削減可能性を検証した。長期的には中立的な第三者の管理なしに有価証券の登録・管理、発行、売買、清算・決済、を取引関係者の維持・管理する分散型プラットフォームで処理することの実現可能性を検証した。

 

 金融市場インフラは装置産業であり、大規模の経済が働き、各国ともに上位数社が市場の大部分を占め、統合により集約される傾向にある。金融取引は一般に複数層のレイヤーによって構成され、投資家・証券会社・取引所・清算機関・決済機関といったプレイヤーがそれぞれの役割を担っている。

 

 グローバルでの推進事例を見ると、金融市場インフラの担い手が自己の業務効率化の手段としてブロックチェーン技術の採用を検討している事例が多いが、より大きな効果を求めるのであれば、既存組織が提供していたインフラ機能自体を分散型基盤がどれだけ代替することが可能かを検証し、「代替可能な機能」と「代替困難な機能」とに整理し、商品毎に新しいビジネスモデルの適用が現実的かを評価することが有効である。

 

 検証においては、単純に技術的・業務的に代替可能であるかだけではなく、リーガル・ガバナンスの観点も含めて評価・考察の中で整理している。コンソーシアム型の利用を念頭に置いているため、ノード運営のインセンティブ等の論点を含め整理している。決済について証券決済は分散基盤上で処理し、資金決済は既存の銀行インフラを用いて処理することを前提に論点を整理した。

 

 ブロックチェーン技術の活用は、「アプリケーションレベル」・「インフラレベル」の適用に分けられます。短期的には特定アプリケーションから実用化が進んでいくと思いますが、やはり本命は金融インフラへの適用かと思います。この考えは2年半が経った今でも変わりません。

 

 ブロックチェーンはしばしば「中央管理者不要で維持・運営可能なシステムである」と言われますが、エンタープライズを前提とした場合、厳密にはそのようなことはあり得ません。C2Cサービスのインフラとしてのブロックチェーンシステムであれば、有志によるインフラの維持・運営は考えられますが、それ以外の場合、差異はありますが、管理者に近い運営は必要です。

 

 金融サービスには、インフラの維持・運営に多大なコスト・オペレーションが発生しているのは周知のことかと思います。ブロックチェーン技術を活用したシステムを証券分野で活用する背景として、透明性を確保しつつ、安価なインフラとして取引関係者間で共通利用するシステム基盤(プラットフォーム)を構築することで、オペレーション自体も改善され、実態に沿った形で最適化されていくのだと思います。

 

 実証実験概要の抜粋

 実証実験では「債券」を対象に分散型プラットフォームを技術・業務・リーガル・ガバナンスの観点で評価した。証券分野では株式やデリバティブなどへの応用事例が比較的多く見受けられるが、分散台帳技術の処理性能懸念、商品組成・引受プロセスにおける活用期待、取引の約定~決済までのプロセスを考慮し「債券」を選択した。

 

 債券は国債など一部銘柄を除くと流動性が高いとは言えない。店頭取引(OTC)が主流であることから、流通市場の整備が充分ではない債券も多く、個人投資家が債券を保有する場合、償還までの保有を前提にするケースが多い。債券価格は上場商品と異なり常にオープンではないため、金融機関同士の売買においても機械的・自動的な売買ではなく、人手による価格の問い合わせが発生しており、業務全体を通じてアナログな要素が見受けられる。

 

 上記のような性質を持つ債券は上場商品のような高頻度取引における処理性能懸念が発生する可能性が低く、業者間(起債関係者)における共通インフラ・ツールとして活用することで業務プロセスのシステム化促進が期待できる。将来的には分散型プラットフォームが金融機関同士の売買プラットフォームとして機能する可能性も考えられ、独自のOTC市場を当事者同士のネットワークで構成することができるのではないかと考える。

 

 今回構築した分散型プラットフォームは主に、起債関係者(金融機関+発行体)が発行準備~償還に至るまでの一連のプロセスを処理することを想定しており、短期シナリオ(現状の業務プロセス・規制に沿ったモデル)、長期シナリオ(ブロックチェーン技術を最大限に活用し、現状の業務プロセス・規制を前提としないモデル)において、それぞれの利用可能性を検証した。

 

 当時は債券という商品の持つ特徴に着目しユースケースを選定いたしました。ユースケースの選定自体は振り返ってみても正解だったのではないかと思います。早期実用化を考えた場合、上場有価証券は関係者が多数存在し、全体で合意を取るのに時間がかかり過ぎてしまいます。また、多くが法律で定められており工夫する余地が限定されておりましたので、少数の取引当事者でコントロール可能な商品・業務への適用という観点は今後の実用化検討においても引き継がれるべきかと思います。

 

 エンタープライズブロックチェーンにおいてはコンソーシアム方式が主流になるかと思います。ネットワーク参加者数・取引データ量及び頻度・データプライバシー・可用性、などの観点から相性の良い商品・オペレーションは推察可能です。現在はSTOとも絡めて未上場有価証券管理のインフラ基盤技術としての活用を検討しております。未上場有価証券は上場有価証券のように管理業務のスタンダードが確立されておりません。証券保管振替機構(ほふり)の有価証券管理の方法を見直すとなると一大事ですが、未上場株や私募債などであれば比較的柔軟に着手することが可能と思われます。

 

 次回は結果の考察を中心に振り返りたいと思います。